マハラジャの新しい散財



  • 例のマハラジャ出身でないかと噂されるお大尽がまたもやハンプティ・ダンプティのところに相談に来ていた。

    何かと金品をばらまくのが大好きなお大尽ではあるが、ただお金を配るよりも、面白くて頭を使う遊びはないかというわけだ。

    相談を受けたハンプティ・ダンプティもゲームや勝負事が大好きであり、何か楽しい企画はないかと思っていたところだったので、次のようなチャレンジを案出した。

    まずひとつの袋に入った101枚から400枚までの間の枚数の金貨を用意する。重要ポイントだが、各枚数が入っている確率は同じだ。101枚はいっている確率は1/300だし、173枚はいっている確率は1/300だし、400枚はいっている確率は1/300ということだ。
    そして街中から互いに知り合いではない3人の幸運な者を選んで会場に連れてくる。
    3人にはさきほどの金貨のはいった袋をみせ、これがどのように用意されたかについてハンプティ・ダンプティが詳しく説明する。
    そこへ満を持して登場したお大尽が3人に次のように言う。
    「袋の中の金貨の全部を君たち3人で平等に分け合うことができるのならば差し上げよう。ただし、道具を使っての賭博めいたことは一切禁止する。例えば、もしも袋の中の金貨が121枚だったとしよう。40枚づつ分け合うと1枚余る。この1枚を受けとる者をじゃんけんで決める、サイコロで決める、などは禁止する。もちろん袋の中から1枚づつ出してその都度に受けとる者をじゃんけんやサイコロで決めることは賭け事により近いので禁止される。ではよく考えて金貨を受け取りたまえ。」

    ハンプティ・ダンプティによるこのチャレンジの案出内容には狙いがあった。3人がきちんと考えれば、じゃんけんやサイコロなどの道具を使った運任せでの金貨の行方を決定をせずとも、必ず袋の中の金貨の全てを平等に受け取れるのだ。
    お大尽はハンプティ・ダンプティからの説明を聞いておおいに満足した。

    問:平等に分けあうためにはどうすればよいか。



  • あとでみてね

    「……ということがあったのさ」とハンプティ・ダンプティが懐かしそうにアリスに語った。
    「で、どのようにすれば等分に分割できるというの?」とアリスは怪訝そうに尋ねた。
    ハンプティ・ダンプティの説明は概ね次のようなものだった。

    3人をA、B、Cとしよう。
    金貨の枚数が3の倍数であれば問題ない。
    金貨の枚数を3で割ったときに1余るとき、(これは1/3の確率で起きることだが)この1枚余計な金貨はAのものとする。
    金貨の枚数を3で割ったときに2余るとき、(これは1/3の確率で起きることだが)この2枚余計な金貨はBとCとで分ければよい。

    それを聞いてアリスは言った。
    「期待値をきちんと計算したらAは損なのじゃないかしら?」
    「えっ?」とハンプティ・ダンプティは驚いた。

    アリスは説明する。
    「ここに9枚の金貨があります。3枚を袋にいれ、6枚を袋にいれます。ふたつの袋のみかけは同じようにね。ひとつの袋を選んだときに袋の中身が奇数枚のときと偶数枚ときとは同じ確率よね?だから、偶数枚のときには私がもらうことにして奇数枚のときにはあなたがもらうようにしたら、平等よね?」
    「いや、騙されないぞ、そんなはずはない。」
    「じゃあお大尽の散財のときも不平等のはずだわ!」

    ハンプティ・ダンプティは悩みこんでしまった。



  • ふむ無理ゲーでしょうか?



  • @riffraff 自己レス
    ねえお大尽、お大尽ついでに
    もう一袋・・・もう一袋、余りを等しく分けられるようになるまでおねがいします。・・・

    もうすこしましな答え
    余りは三人連名で神様に、これなあら全部・平等分配の題意を満たします?!

    これくらいしか考えられないORZ



  • @riffraff さん
    取得する金貨の枚数の期待値において平等だけれども、誰も新規に乱数を発生してはならない。

    じゃあどうすれば? という題意です。



  • @Hannibal さん
    多分私まるでわかっていません(;'∀')
    利得の期待値=確率の期待値X掛け金
    1人当たりの利得の期待値=利得の期待値/賭けた人数
    頒布茶団布茶君は無意識で賭けた人数で割っていて、有栖ちゃんはそこを意図的に迂回しているように見えます。
    私の疑問は乱数は使っていないものの、機会の平等と結果の平等が微妙に重畳した設題・想定解となっていないかと言う事です。



  • @riffraff さん。

    何かのゲームの景品として宝くじを主催者が参加者に配布したとしましょう。

    当選番号が未定の場合には宝くじの1枚1枚は参加者にとって等価値のように感じられます。

    既に当選番号が確定している場合には、仮に主催者も参加者も当選番号についてなにも知らないときに、はたして宝くじの1枚1枚は等価値のように感じられるのでしょうか?変な疑問ですが気にはなります。

    既に当選番号が確定している場合かつ、仮に主催者が当選番号を知っていて、参加者は当選番号についてなにも知らないときに、はたして宝くじの1枚1枚は等価値のように感じられるのでしょうか?
    これもまた変な疑問ですが大変気にはなります。
    上の場合には参加者は《主催者がエコヒイキをする可能性を気にするかもしれません。ですから、参加者は、「主催者が特定の宝くじが特定の参加者に紐つける」行為を許したくないところでしょう。》
    (アリスが憤慨した理由はこれに近い?)

    お大尽は金貨の

    枚数を
    知っているのでしょうか。3で割った余りについてどけまで知っているのでしょう。

    たとえ知っていたとして、お大尽は特定の参加者をエコヒイキできるでしょうか。

    今回の設定では剰余系の特定の余りを特定の参加者に紐つけるといった介入はできません。

    という視点から平等について考えています。



  • @Hannibal さん
    この問題は「認識の枠組み」を問う仕掛けを問題内に含んでいると感じています。

    機会の平等であれば:時間的・空間的設定等で種々の方法が考えられます。
    結果の平等であれば:はんぷち・だんぷちやありすの時代なら簡単。剰余をペニーの両替すれば済む事。
    もっと昔なら金貨を三等分するまでの事
    更に言えばお大尽が不足分に足し前するのも有りかと

    ウーン ますます分からなくなってきました。(;'∀')



  • @riffraff さん。

    不定ないし不能っぽくなりましたね… orz

    ここは本スレッドのクローズを宣言する他ありますまい。

    申し訳ありませんでした。



  • @Hannibal さん
    イエイエとても考えさせられました。
    お礼にと言ってはなんですが、「現象学の根本問題」(ハイデッガー)お勧めです。フーコーやデリダ、そしてローティなどの隠れもない讃美者は勿論のことですが、私の見る所、クリプキやデイヴィッド・ルイスも密かに・・・
    哲学史家としてのハイデッガーの最高傑作だと思います。二種翻訳がありますがお勧めは作品社の木田元さん版です。



  • @riffraff さん。

    哲学史としての読み方、なるほどです。
    ご紹介を有り難うございます。
    思い起こせば顔にニキビが出る頃に図書館にあった中央公論社の叢書『世界の名著』シリーズを乱読していた私です。
    そろそろ私も頭の中を一度は整理しておいたほうがよいかもしれません。

    有り難うございます。

    (錆びた脳が受け付けるかどうか心配です)
    ( ; ゜Д゜)


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