近況報告などなどなど



  • @riffraff さん。

    丸太の重さを量る理屈については、以下のPDFの10ページめに載っています。
    ヽ(^○^)ノ

    ●数学・物理通信10巻9号2020年12月編集 新関章三・世戸憲治・矢野忠 2020年12月9日

    http://www.phys.cs.is.nagoya-u.ac.jp/~tanimura/math-phys/mathphys-10-9.pdf



  • @Hannibalさん
    ハイ!(^^)!
    通巻ブックマークしましたのでゆっくり楽しみます。
    有難うございました



  • ヽ(^○^)ノ「在庫」の連載が始まりまして歓喜でありまする。ヽ(^○^)ノ

    話はズレマスが
    最近、以下を読みました。

    Title ティリッヒとアインシュタイン : 人格神をめぐって
    Author(s) 芦名, 定道
    Citation ティリッヒ研究 (2002), 5: 1-18
    Issue Date 2002-09
    URL https://doi.org/10.14989/57609

    スピノザが人格神の否定をしたことは有名ですが、アインシュタインはそれを受けて「脊椎を持つような神」などという表現をしたことがあります。「私にとっての神はスピノザの神だ」とも。ただし、私のみるところ、アインシュタインの場合には汎神論というよりも理神論的な味付けが多分にあるように思われます。「神はサイコロを振らない」などの発言は、アインシュタインが理神論に軸足を置いていたことを示すと思います。…遺言でアインシュタインは火葬を望んだと聞きましたが、彼の大脳の一部の切片(ガラス板で挟まれているものが多数作られましたが)の一部が保管されている建物の玄関先で、私は盛大にすっころんだことがあります。

    ==

    舞台と大道具・小道具と衣装と演者とシナリオ・台本と演出と監督と。

    私がすむこの宇宙では上記は混沌となり一体化していて、どれがどれよりも上位ということが無いようにも思われてなりません。

    時空もボゾンもフェルミオンも物理法則も互いに他が他を規定していて、そこから創発的に《認識》《判断》が発生している点に、目をみはるばかりです。



  • @Hannibal さん
    芦名さんの論文の御紹介ありがとうございます。
    読んでみます。
    芦名さんはどちらかと言うと苦手ですが(;'∀')
    と云うか人格神が苦手です。今回のテーマは或る意味人格神の神学かとも・・・苦手な物に手を出したがる癖があります。



  • 本日、バスの中にて。
    大声で新人OL風の人物2人が楽しそうに会話していました。(服が新人風)
    ときどきケラケラと笑い合う2人。
    AとBとします。
    A「色々大変だよね、会社に慣れるまで。」
    B「そうだねー。」
    A「あっ今日聞かれたんだけど。人事課に。『Aさん、毛、生えてます?』って。」
    B「なにそれw」
    A「ぎゃははははは」
    B「なにそれw」
    A「げらげらげら」
    B「だっだからっなにそれっw」
    A「げらげらげら」
    B「げらげらげら」
    A「正解は。『Aさん、保険、入っています?』」
    B「げらげらげらげらげらげら」
    A「げらげらげら『Aさん、保険、入っています?』げらげらげら」
    B「ひっ、濃いーの生えてます」
    A「げらげらげら」
    B「げらげらげら」

    という会話(概要)を聞きました。



  • "曾子曰慎終追遠民徳帰厚矣" の "遠" が、
    "鬼九偉反上人神曰鬼慧也帰也送身也遠也"(新撰字鏡)の "遠" だとしてですね。

    "鬼" は "人神曰鬼" として説明されているわけで、9世紀末の日本での説明になっているわけですよねえ。

    ここにわかることとして、上代日本では、あるいは漢語を離れて "鬼"="神" である場合【も】、ある種の概念の下では、存在していたと見ることもできようかと。

    "神" なり "鬼" なりは "帰也送身也遠也"。

    《(あの世に)帰るものであること、または、身は送って残った霊魂のようなものであること、または、祖霊であること》

    であって、これらの概念に当てはまるヤマト言葉のひとつに 「ヒ」 があることを否定できる人はいないと思う。

    まだ漢字の訓が一定に定まっていない上代、特に推古朝時代での "神" なり "鬼" なりの用字が発生した場合に、当時の訓読みの試みのひとつとして 《ヒ》があったのではなかろうかと私などは夢想したくなってくる。

    止利仏師(鞍作鳥)の作の法隆寺金堂の釈迦三尊像の光背銘に「鬼前太后」とある穴穂部間人皇女の別名のヨミはどうしたら良いのだろうか。

    私は「鬼前太后」を「ヒノクマ太后」と読みたい。
    上宮聖徳法王帝説の「鬼前大后」も同様。
    上宮聖徳法王帝説では次のように。
    《「鬼前大后」は、即ち聖王の母、穴太部間人王也。鬼前と云うは此れ神〈前〉也。何故に神前皇后と言うとならば、此の皇后の同母弟、長谷部天皇、石寸神前宮に天の下治しめしき。若し疑うらくは、其の姉、穴太部王、即ち其の宮に坐す故に、神前皇后と称する也。》

    この神前も鬼前も、ヒノクマと読むべき、石寸神前宮はイハレヒノクマの宮と読むべき、このように想像してみるのも面白いと思う。

    但し、
    ヒノクマは鬼前皇女の弟の長谷部天皇の宮にちなんだというよりも、むしろ、父親であるところの欽明天皇が葬られたところの地、かつて大和国高市郡にあった地域であるヒノクマに縁があるとみたい。

    鬼前太后と書かれた所以は、没した父天皇につけられていたテンポラリーな同時代的な呼称、ヒノクマにちなんでいる、よく見られるように、父の娘の呼称を父の呼称にちなむ風習に従っているものと見たい。

    実際、鬼前と同様に、法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘に見える"干食王后"は、《カタブ王后》と読むべきであって、この人物の父は《膳部加多夫古》である。

    ※"干食"を"カシハデ"と読む定説は考えすぎ。

    干= KAN の末尾子音を、食= TABU の頭子音に解消しているだけである。



  • オリンピックまであとわずか、五月も晦日となりました。

    命幸久吉石流垂水々乎結飲都
    (万1142)

    この歌は難訓だと思います。

    命幸 久吉 石流 垂水々乎 結 飲都
    ことさきく ひさしくよけむ いはばしる たるみの水を むすびてのみつ

    と読むのが良いだろうと個人的な結論を得ました。

    バッチリの筈…

    なお、万3253以外には「ことさきく」の用例はない、とされてきています。

    御参考⇒ http://kiyokagen.seesaa.net/article/476566258.html



  • 春去先三枝幸命在後相莫戀吾妹

    (万1895)

    〔ことさきく〕を追いかければ。

    定訓とは異なるけれども。

    春去れば まづ三枝(さきくさ)の ことさきく

    ありてのち逢はむ 
    な恋ひそ吾妹(わぎも)

    春になるとまず咲くさきくさのように、ことさきく。
    後にも逢うこともあろう。

    そんなに恋うてはいけない、我が妹(いも)よ。

    旅立ちに於いて、命の無事を祈ったのだから、また会えるよ、
    だからそんなに寂しがらないでくれ。

    ――

    前投稿で 命幸 をコトサキクと訓み、
    今投稿で 幸命 をもコトサキクと訓む、そんなことはアリなのか?

    要は熟字訓において
    体言+用言

    順番を替えた
    用言+体言
    もある、そんな例を探せばよい。

    〔令丹黄葉〕を
    ニホハス モミチ
    と訓じるのだから…漢文的な順番で記すこともあるようだ。

    命幸 コト を サキク
    これを
    幸命 コト を サキク
    と書くこともあったのではないか。



  • 量子の世界での不確定性原理に慣れているせいなのか

    古典の世界で不確定性原理類似のものが出てくると(本質的にはまるで両者は異なるのに)、すっと…
    〔そんなものなのだろうなあ〕
    と得心がするのです、私は。

    量子の世界においては存在論的な不確定性と認識論的な不確定性とが重なって小澤の不確定性不等式が導かれています。

    PCR検査の場合には、古典論のスキームに従っていますから、存在論的な不確定性はなく、認識論的な不確定性が色濃く残るわけです。

    PCR検査の精度が100%に近いと言う論者は、設計をみて、存在論的な不確定性はゼロとだけ認識し、認識論的な不確定性についてはこれを過少評価しているようです。

    …… って こんなこと、あそこで書いても理解されそうにないのでしてね。説得性ゼロ。



  • @Hannibal さん
     すこし言い換えると、素朴実在論<対象は直接観測できる>と決定論<観測結果は普遍的である>信仰だと思います。測定機器の量子化誤差もサンプリングバイアスも存在しない世界、一度確立された尺度は条件の行かんに関わらずユニバーサルに適用可能/適用すべきとの信心。
     朱子学~水戸学にいたる、理・義の影響の残影、接ぎ木文化の宿命かと思いますが、あきらめるにはまだ早い。



  • …… ?

    最近は食後に謎の腹痛が(焦

    感覚的には小腸あたりのどこかを食物が通過するときに感じる圧痛のような……

    ――

    それはさておき、時が閉じたのちにどうなるのか。
    台湾ドラマ「時をかける愛」、ラブミステリーなんですが、かなり強引に時を閉じてしまうので、大きく目立つんですよね、多くの視聴者は気にしないみたいだけど。

    ――

    世界大百科事典の項目「喪服」に【かぶりかたびら】なる語彙があることにさきほど気がつきました。

    思わず拳を突き上げました。

    【かぶりかたびら】の【かぶり】は古くは《頭:かぶ・かぶら》とも関連があることが疑いなく、【かたびら】は《帷》で、(もっぱら)白い布が使われていたものが後世の変化を受けたものと思われます。

    日本書紀にもカタビラは登場しています。

    大化二年三月(北野本訓)「其の葬らむ時の帷(カタヒラ)帳(かたしろ)等は白布を用ゐよ」

    ――

    神代紀に
    「即以川鴈為持傾頭者及持帚者」と記されているところがあります。
    【持傾頭者】については、正体が結構不明で、研究者によって解釈がまちまちのようです。ルビとしては【きさりもち】なのですが、《きさり》と《傾頭》とがうまく説明できている解説を読んだことがありません。

    ―――

    《傾頭》

    《頭》は上代では カブ ないし カブリ ないし カブラ だったと思われます。アタマという語はまだ発生していません。

    《傾》。
    これを、カタブと読めば、上代っぽさが出てこようというものです。聖徳太子の嫁の父の名が傾子、カタブコと読むことになっています。

    《傾頭》。
    字の順番をためしに変えてみます。
    《頭傾》。
    カブリ・カタブ

    長年、ここでつっかえていたのですが、さきほど、
    カブリ・カタビラのことだったら?と思いまして(正直に言えば、あるいはカブトカタビラ?……しかしカブトはどうやら上代の言葉としては新しすぎ・ドラマでみる戦国時代でみかける帷子だって、上代にあったのかなかったのか……?)

    カブリカタビラで google してみたら、世界大百科事典の項目「喪服」に、詳しく書いてありました。

    つまり、葬式に関係しています。

    そもそも
    神代紀「即以川鴈為持傾頭者及持帚者」は
    葬式の記述です。
    持帚者の帚はケガレを掃き清めるために使われることは定説ですが、持傾頭者の傾頭は、してみると ケガレをブロックするものに違いありません。
    定説をみていない「岐佐理持=持傾頭者」の理由として、私が今想像していることは、すなわち岐佐理、これは白い布であろうということです。あえて字をあてはめれば

    《生曝》

    日光にあてて曝して、消毒・脱色した布で、まだ未使用のものを《生曝:キサリ》と言ったのではないのだろうか……

    知識がないので、生:キ が甲音、乙音のどちらであるかまだチェックできていません。岐佐理の岐は甲音です。

    また、佐理が、動詞、「曝」が元だとして、これは文法的に合法なのか、こちらもちょっと自信がありません。
    これらをパスできれば、

    「岐佐理持=持傾頭者」の葬送上の役割についてかなり判明してくるのではないかと思います。

    ――

    食後の謎の腹痛がまだ取れませんが。
    面白い可能性をみつけた今夜は、晩酌してしまいます。



  • 〈霊異記・下〉
    「一つの髑髏有り。久しきを歴(へ)て日に曝りたるも」

    曝る ラ行四段活用。

    \(≧ω≦*)))/

    曝り は連用形だから、用言が体言化したものととらえてよし。

    「曝り」は、「晒したもの」とみてもよい。

    万葉集 巻14・3373 東歌・作者未詳
     多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだ愛しき

    ここで言う「手作り」は布。



  • 《生曝り》の キ。

    まだ相変わらず私にはよくわかりません。

    お勉強をしています。

    「古代詩歌に現われた精練と漂白」
    http://repo.nara-u.ac.jp/modules/xoonips/download.php/AN0000711X-19830300-1002.pdf?file_id=2179

    …江戸時代に記録が残る「雪晒し」が、万葉の時代にもあったかもしれないなんてドキムネですねえ。

    ―――

    精錬。絹の表面にあるセリシンを抜くためにアルカリ溶液に浸けるステップがあるとのことですが。

    アミノ酸やらなんやら余計なものを抜くために、灰汁を使うことはよくわかったのですが、これ、なんらかの意図をもって、灰汁の代わりに酒(アルコール)を使うことはあったのだろうかと妄想が始まりました。
    というのは、
    岐佐理の岐の字が表す音は、御酒のキと同じくキ甲類だからです。

    まっ、無茶な話ですが。

    あと、
    生(キ)がキ甲類なのかどうかまだ調べきれていません。
    素のままの意味での生(キ)だとすると、精錬または漂白した布製品ではあるが、まだ染めてはいない、そのような製品に【生:キ】という言葉を使ったものなのか、というアイデアです。

    この意味での生(キ)が時代的にどこまで遡れるものやら……

    願わくば、でっかい図書館に行って 古語大鑑を引きたいものです。

    現代語には「生成り」というコトバがあります。こちらは漂白すらしていない、真の「生」です。「生成り」も、いつの時代まで遡れることやら……



  • @Hannibal さん
    楽しく読んでいますが、コメントどころか感想を述べる素養がありません(;'∀')。



  • @riffraff さん。

    面白がって頂けているとのこと、光栄です。

    ■本日の収穫1
    持傾頭者の役割を与えられた鳥は川雁でした。(古事記では河雁)

    研究者によっては、なぜ川雁なのだろうか? という疑問を立てて、傾頭や岐佐理の意味の解明へのヒントとしようとするむきもあるようです。

    私の思い付きでは、簡単なことです。
    (白くするために)「布を川で晒す行為」に相応しいと考えられたのが数ある鳥のなかでもまさしく川雁だった、万葉集でも女性が川で晒す作業が歌われているではないか、というものです。(ついでに言えば鳥は女性のメタファかもしれませんね。)

    ■本日の収穫2
    接頭語としての生(キ)の用例を、室町時代まで遡れました。

    「いかなるもろはくきざけも、おそれつべうぞみへにける」〈御伽草子・酒茶論(古典文庫所収)(室町末)〉

    きざけ。生酒。現代でいうところのナマザケとは概念がまるで違うようです。ナマザケは火入れをしていないもの。キザケはまじりけのない、ピュアな酒として捉えられているようです。
    類例。近現代の「生一本」は政治的な用語ですが、こちらは、原産がはっきりしていて、他の酒と混ぜてないものです。

    ■本日の収穫3
    本居「古事記伝」に、傾頭者についての解説として「片行者」が取り上げられています。雲の筏サイトから現代語訳で引用します。
    《弘仁私記で、「片行(かたゆく)」とあるのは、もとは中に「向」などの字があったのが落ちたのであって、「片向行(かたむきゆく)」ではないだろうか。そうでもなければ、「片行」の意味が分からない。とにかく、この「片行」に「傾頭」の意味が含まれていそうに思われる。河雁の首は、これに似た仕草をすることがあって、この役を負わせたのだろう。》

    河雁でなくともそういう首の動かし方はありそうですがそれはさておき。

    人名で使われる「行」の字に「ひら」と読ませるものがどうやらあるとのことらしく。

    「片行」はカタビラ:帷子のこととなります。こんなところにまでカタビラを示唆するものが転がっているなんて。

    残念ながら、行の古い訓にヒラがあるのかどうか捕まえきれていません。少なくとも白川静「字通」に多量に載っている行の訓にはヒラはありませんでした。
    しかし人名にヒラと使われているのがもしも正しいとするならば、なんらかの意味があると思われてなりません。 想像するに、長さ・距離を表すヒロとの関わりでも? 裄(ユキ)は?

    ―――

    短時間のリサーチでこれだけ出てくるのは尋常ではないような気もしますが…トンデモさんになりたくないので気をつけなくてはいけません。

    ■あしたの調査予定

    ・キサリではなくユキサリであったとしたら?
    例の、オゾンで脱色する「雪晒し」。

    ・アラレフリ という枕に キシミ が掛かる理由を再構築することで、キ・シミ の造語の意味合いを観る。 これにより雪晒しともあいまって…

    ※アラレフリを枕にキシミが謡われる理由として、最有力説は、霰が降るとキシキシと音がするのだからだそうで。
    いやいやいや。キシキシなんていわないでしょう?
    枕アラレフリに被枕ホトホトは実例があって、こちらは完全にオノマトペ。



  • 平安時代末期、橘忠兼著の三巻本「色葉字類抄」、名字部に、行の訓としてヒラの記載があるのをみつけました。

    オンラインデータベースがオープンアクセスできました。

    ありがたやありがたや。



  • 古事記伝で本居がいうところの、『弘仁私記』にみられる 【片行】、私はカタビラと訓むのではないかと推測していました。

    『弘仁私記』は平安時代の編纂ですから、平安時代末期の色葉字類抄が示す、行への訓「ヒラ」を念頭においていたことは十分にありえますね。



  • 岐佐理持(=持傾頭者)のキサリ(キは甲類)。

    このキについて生(キ)はどうかと考えもしてキザケなる語が室町時代の資料にあることまでは見いだしたものの、果たして上代にこの接頭語としての生(キ)があったかどうか定かではありません。 このキは甲類のキなので…酒のキか生のキか…などは思い付くのですが、アルコールで漂白する例は見つけられず、生(キ)の甲音か乙音かもはっきりせずです。

    今検討中なのは、雪をキと言ったものかと…いくら探しても直接的な証明は難しいですね、アラレフリの被枕のキシミという語の検討もしてはいるのですが。

    ――
    思い余って、牙(キ)かと。晒した牙のようにまで脱色がなされたという意味なのかと。しかれども、そもそも牙(キ)は、キ甲類なのかキ乙類なのか学会的には未確定なのですよね。エビデンスにかけるらしく。たぶん甲類との観測もあるのですが… 後の世に牙のように白いとかいう表現も、まあないだろうということで、牙仮説はかなり難しいです。
    ――

    杵はキです。キネともいいますが万葉の時代にはキともいいました。このキは甲類です。

    ■第101題臼に布を入れて打つ
    ( http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyakuichidai )
    より引用します。

    《搗き臼と杵は「穀物の脱穀・製粉・精白または餅つきなどに使う」とされているが、他に布を打つという使い方があることは明らかにできたと考える。しかし管見において、考古学、民俗学、民具学等の各事典でこのような使用法に触れているものはなかった。臼と杵にはこのようなもう一つの使い方があることに注意が必要であろう。》

    おっ!!

    ただし、史料としては戦国時代が上限らしいのですが。

    河鴈(かはかり)が川の側で布を晒している、そこでは杵(キ)を用いている… などとイメージ・想像をしてみています。

    ■「多摩」か「玉」か 六玉川へ - ことばマガジン:朝日新聞デジタル( http://www.asahi.com/special/kotoba/archive2015/moji/2011052300008.html%3Fpage=1.html

    万葉歌を引いて「この歌にあるように、多摩川沿いはかつて布の産地だったと伝えられています。カラムシ(別名・苧麻<ちょま>)という植物の繊維をとったのではないかと推定されていて、織り上がった布を白く柔らかくするために、杵(きね)でつき、川でさらして仕上げたと考えられています。」としていますが…… 杵でついた、というのはどこから?



  • 万葉集に素晴らしい歌があるのをみつけました。

    万葉集 第16巻 3791番歌
    ( https://manyoshu-japan.com/9787/ )

    長い歌ですが素敵ですのでリンク先にて御観賞頂くことといたしまして。 すこしばかり引用いたします。

    ――
    打麻やし 麻績の子ら あり衣の 財の子らが 打ちし栲 延へて織る布 日さらしの 麻 手作りを
    ――

    《打麻やし:うちそやし》は 《麻績》に掛かる枕詞です。

    麻だけでなく栲も打つことになっています。その上に日で晒すことまでも歌われています。

    ――

    阿波の忌部氏にちなむ史蹟として、かつては、
    麻植郡は向麻山の麓に麻搗石(をつきいし)・麻晒石(をさらしいし)があったとのことです。

    打つ、搗く…これらの作業に杵(キ)が使われていたであろうことは十分にありえるのではなかろうかと思われます。



  • 岐佐理持の担い手は川雁であるというのが一般的な記述ですが、書紀で《一に云う》として、鶏(カケ)を記しています。

    何故、鶏(カケ)という言い伝えが日本書紀に《一に云う》として採録されたのか、疑問ですけれども、これはひょっとすると、岐佐理が麻ではなく栲(タク)であったからではないかと推理してみています。
    枕詞《たくひれ(栲領巾・細領巾)の」》が、カケに掛かるからです。
    ヒレは上古からある布製の呪具ですが…今追求しようとしている岐佐理=カタヒラ?と通じるところがあります。領巾:ヒレは、肩:カタに掛けるものです。

    たくひれの
    かけまく欲しき
    妹の名を
    〈万 285番歌〉

    上記は枕のタクヒレがカケを被枕にしているものと見えます。

    タクヒレは白にもかかりますから、岐佐理が白い布なのではないかという仮説に有利です。


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