近況報告などなどなど



  • @Hannibal さん
    ご心配でしょうが、くれぐれも無理はなさらいように。
    快癒お祈りしております。



  • ご心配をおかけいたしました。お陰さまで視野狭窄は夜明けまでに治ってしまいました。
    ありがとうございます。

    ひと安心です。
    眼科主治医に症状があったことを訴えましたが原因がわからぬと首をかしげていました。脈絡膜に何かがおきていたのではないかと私は素人考えをしましたが…注射で空気が入ることもままあるそうでして。
    いずれにせよ、母本人が既に気にしていないので私も気にはしないように努めるしかありません。

    ===

    とんでもない筋を調べています。

    群馬県にある方言で、春の、南東からの季節風を「したけ」というのですが、これが語源的に「し・たけ」なのか「した・け」なのか、果たしてどちらであろうか、を決定したく。

    面倒なことに「し」だけでも風ですし「け」だけでも、一部地方の方言では風のようなのです。

    一部地方には群馬や神奈川を含みます。

    最終的には「したき」という風を意味する単語の存在の蓋然性を高めていきたいのです。ここで、「したき」の「き」は、上代特殊仮名遣いでは乙類であることを是非とも要請したいところが難解でして…わたしが思い付く様々なシタキ:風の語源説では全て、キは甲類なのです。それじゃだめじゃん的な。

    まあ、これに限らず、上代の語の起源などは、ほぼわかりません。

    とほほ。

    ===

    上代には「玉の緒」なる言葉があります。
    つい先程、「緒:wo」そのものにも「いのち」の意味があるとの仮説があることを知りました。ただし極めてマイナー説なので一般には認知されていないようです。

    さて。

    御存知スサノヲのヲを上記の、命(いのち)の意味を持つ「ヲ」だと仮定できるならば、
    これを出雲風ではなく、大和風に置き換えますと、
    スサノヲ⇒スサノミコト
    となるわけです。ミコトには命の表記が使われていますし。

    そして、
    卑弥呼の「呼」の3世紀的な音声・音韻で一番手堅いのは「ヲ」なんです。もうちょっと世紀をまたげば「呼」は「コ」なのですが……

    そこで思いきって、ヤマタイ国の卑弥呼を「卑弥ヲ」と呼ぶこともありうると考えはじめますと。
    「スサノヲ」も
    「卑弥ヲ」も
    同一文化圏における身分的称号である「ヲ」を付加してある名であって、しかも「ヲ」には命:イノチの意味があり、ならば畿内中央の身分的称号である「ミコト」と同様の位置付けが可能…… などと小一時間ほど考えておりました。

    ヘミヲ。今日よりしばらくヒミコではなくヘミヲと卑弥呼を読みたくなってきました。
    もしくは仮に卑弥呼をヒメヲと読むのならば、これは畿内中央の「ヒメミコト」と同じ構成の語となります。「ヒメミコト」はどうあがいても女王です。
    はてさて?

    ===

    「おのが《ヲ》を
    凡(おほ)にな思ひそ
    庭に立ち
    笑ますがからに
    駒に逢ふものを」
    〈万・三五三五〉

    ===

    ※古事記(712)中・歌謡
    「御真木入日子はや
    己(おの)が袁(ヲ)を
    盗み殺(し)せむと
    後(しり)つ戸よ
    い行き違(たが)ひ
    前つ戸よ
    い行き違ひ」



  • @Hannibalさん
    ようございました。まずは一安心ですね。

    玉の緒:かの有名な賀茂齋院の事が思い浮かびました。
    たしか、あの歌は「題詠」だった記憶があります。



  • @riffraff さん。
    この歌人の数奇な人生の定めには驚いてしまいました。

    はたして卜定は正しく行われたものなのでしょうか…

    考えてもせんないことですね。

    ||||

    シホケ ユゲ ホノケ などと単語が上代からあるようです。

    ケ は、「空気または空気に乗った何かの、流れ」のような氣がしてきました。

    ケ は、漢語の氣と意味が近接していただけで、漢語流入以前からあった日本語ではなかったかと思いはじめております。

    万葉歌にシホケがあれば、それは実は磯の香りを含んだ潮風のことではないかと



  • @Hannibal さん
    式子内親王の叔母である暲子内親王(八条院)や姝子内親王(高松院)そして高松院の子供(信西の子安居院法印澄憲との子)など院政期の皇族周りの人々の生涯は数奇を極めます。想夫恋(高倉天皇との悲恋)で有名な小督も信西の孫。
    この辺りの血縁・恋愛関係は錯綜を極めます。後深草院二条だけが例外と言う訳ではないと思います。



  • riffraffさん。

    いっそオムニバス形式にてNHKの大河ドラマにしてしまいたいほどの勢いです。



  • 実は私は、就寝中に見る夢に、覚醒時に見たり聞いたりした人物が登場することはありません。

    夢の中と現実とには、人間関係における一切の関わりが認められないのです。

    親兄弟や知人友人、果てはメディアでみかける人物が一切登場しないのです。

    こういう風になったのは中学生くらいからのようですが。

    毎晩、異世界で平凡に暮らし、朝になって目覚めると、なんとまあ不可思議な夢を見たものだとため息をつく毎日です。

    申し遅れました。

    私が見る夢には私も出てきません。

    あまりにもおかしなことに思えるので専門医にも相談したことがあります。

    どの医師も「そのうち元通りになるから心配するな」と言います。

    まああれです、夢のなかに登場する人物のキャラ設定やら顔つきやら体格など、毎晩毎晩新作を作り上げているわけでして、ものすごく頭を使っているに違いありません。(^○^)

    変なんです。



  • 201911082130

    東南の風と言うべきかそれとも南東の風と言うべきかについて時々混乱します。

    そんな時には西南の風と南西の風とでどちらがシックリとくるのか見極めることにしています。

    【今言っているのは風の向きの表現についてです。】
    【土地の方向の表現についてではありません。】

    【風の方向の表現と土地の方向の表現とは、互いに異質です。相容れません。このことだけを私はよすがにして生きています。】

    西南の風と南西の風とでどちらがシックリとくるのか見極めるために、まずは【風ではなく土地について】考えてみることにするのです。

    すると……

    〈東北地方〉やら西郷隆盛どんの〈西南戦争〉やらバカボンのパパが卒業したバカ田大学の校歌の「♪都の西北!早稲田の隣〜」の〈都の西北〉を思い出します。土地の方位を考えるときには表記は東西が先にきて南北があとに来るのですね。〈東北地方〉〈西南戦争〉〈都の西北〉ではその通りになっています。
    で、【風の方向の表現と土地の方向の表現とは、互いに異質】ですから、風の向きの表現では、南北が先にきて東西があとに来るのですね。
    ですから、西南の風と南西の風とでどちらがシックリとくるのか?の答えは…南西の風です。 で、最初の疑問、東南の風と言うべきかそれとも南東の風と言うべきかについての答えは、
    南東の風
    だとわかるのです。

    実に頭が悪いのですが、迷ったときにはいつもこうしているのです。

    (^○^)



  • 201911082250

    住んでいる地域で最大の図書館へ車で片道40分かけて母とともに行き10分かけて日本の方言の大辞典をペラペラとめくってきました。すぐに離脱です。母には長時間の待機は無理だからです。

    なんと、埼玉県の方言で、南東の風を意味する「したけ」なる単語があると書かれていました。他の地方の方言には「したけ」は見当たりませんでした。

    一方、ネット情報では、群馬県と神奈川県とに南東の風を意味する「したけ」という方言があると書かれています。
    概ね、関東圏の一部には南東の風としての「したけ」があるとわかりました。また、別の百科事典では「したけ」は春の季節風です。なるほど、春に吹く南東の風なのですね、「したけ」は。

    さて。日本国語大辞典によれば。

    引用開始‖
    はな【花】 の 下風(したかぜ)
    花の咲いている木の下を吹く風。初春の風。
    ※康資王母集(1106頃か)「桜山花の下風吹きにけり木のもとごとに雪のむら消え」
    ‖引用終了

    なんと初春の風とあります。

    なるほど!!

    シタカゼとシタケには春の季節風という意味において共通点があります。

    カゼ≒ケ
    という方程式が仮に成立するのであれば、上記の
    シタカゼ≒シタケ
    という方程式も成立しそうですね。

    ケブリのケ、ホノケのケ、ユゲのケ、シホケのケ、は全て気体の揺らぎや流れにともなう感覚器官の感受を表しています。

    やはり
    シタカゼ≒シタケ
    には意味がありそうです。

    ………

    実際のところ、カゼのゼは、アラシのシ、イナセのセで風の意味を有します。
    では、カゼのカは? この カ が造語形で、単独で用いられるときには ケ だったりしないのか? アマ が造語形で、単独で用いられるときには アメ になるように。

    カもシもともに、風や風に乗る何かを表していたのかもしれないのですよね。

    ………

    図書館で調べたところ、シタケとよく似ているシタキなる方言が、新潟県にあります。

    風雨が吹き込んでくる様態、もしくはその影響を表しているのではないかと思われます。でもどこかシタキには水っぽいものが付随します。これはシブキにも似ています。シタキやシブキのシが水を表すものなのかどうか…もう少し状況証拠を収集しなければならないと考えています。

    素敵な一日でした。



  • @Hannibal さん
    ふと思ったのですが風の方位は英語からでは?
    8方位では南北優先です。
    16方位以上になると表記法が難しくなります。

    蛇足ですがNorth by Northwestと言う方位はありません。!(^^)!
    更に蛇足ですが、先年物故されたUrsula le Guinの短編集の題名”The Wind's Twelve Quarters”も不思議です。
    Compass Roseなら通常は16ないし32方位です。
    カタランマップと同時代の地図では24方位を見た記憶がありますが、12方位をみたことはありません。



  • @riffraff さん
    なるほど24方位!
    検索してみたら以下が。

    干支-Wikipedia
    に "二十四方" の解説が。

    これから母の冬用の靴を探しにいきます。

    来週後半は真冬の寒さになると天気予報で。



  • @Hannibal さん
    私はこれから夜神楽を見に出かける予定です。
    紅葉の映る池にせり出した舞台上での神楽と言うのが売りですが
    今年の紅葉の具合はどんなものでしょうか?

    蛇足ですが、第一問アップしました。



  • @riffraff さん
    夜神楽ですか。
    なかなか乙ですねえ。

    第一問、三角は埋まりましたが、A列が全く見当がつきません。ひきづられてホ行も「かなあ?」くらいで曖昧になっています。

    第一問探索中

    1427 と 8572 とを足すと 9999 になるのですが、表たちの利用目的をここを糸口に考えたいと思います。365は偶然なのかも含め、障害がたくさんあります。:::



  • 耳。有毛細胞と聴神経を接続するシナプスにダメージを喰らった場合には屡々難聴と耳鳴りとが引き起こされる。

    この耳鳴りは、現時点での諸研究によれば、実際には脳による補償らしい。耳から音が拾えなくなった脳は、あたかも雑音を検知しているかのように振る舞う。inputがないと擬似的にinputがあるものとみなすなんて。

    これと従兄弟の関係にありそうなのがむずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)だ。患者が感じるムズムズ感は脳内で発生していることがわかっている。私の母も患者だが…彼女は脚にマッサージ機器で振動を与えたり湿布を貼り付けたりすることで本物の触覚をつくりだし、以て脳に伝えることで、ムズムズ感をおおはばに軽減させることに成功している。
    正しい入力が疑似能力を押さえつけるようだ。

    ところでこの疑似入力はなぜ必要なのだろうか。

    私が想像するに、脳内にはフィードバック回路があり、単なる入力のほか、出力の一部を入力側に転送する仕掛けがあるのだろう。そして実入力が大幅に絶たれると出力から転送されて再入力される成分が圧倒的に強くなりフィードバック回路は自己励振してしまうのだろう。
    誰でも知っているように、マイクから音を拾いアンプを通して増幅しスピーカーで音を出すときに、このスピーカーにマイクを向けると《キーン》という不愉快な音が発生するものだが、こうした自己励振は、人体でも発生しているのだろう…そんな気がしてならない。ただ、人体の場合には入力をそのまま再入力するのではなく、ノイジーなものに変調している側面もありそうだ。
    こうした仕掛けはなにやらカルマンフィルターのようにさえもみえる。
    そんなことを考えながら自分の耳にもある耳鳴りに苦しんでおりまする。



  • 思い付きの与太話です。

    前回の投稿では感覚器官にて、なんらかの乱雑:ノイズを、あえてフィードバックしているらしい…のではないか…との話をしました。

    フィードバックは基本的かつ一般的には感覚器官ごとに独立に行われている筈とも思うのです。

    そして、視覚においては、私が知る限り明確なフィードバックは発生していません。(ただし個人的な体験としてはこうしたノイジーなフィードバックが常に観測されているものの、どうやら他の人々には起きていないようなのですよね、ため息。)

    ですが…まあ個人的体験として、個人的体験に過ぎないのですが…

    私の場合には聴覚にて一瞬の感覚オーバーフローが発生すると視覚に影響が及びます。昨日この現象にひとつの理屈を……仮説を……作りました。

    聴覚のオーバーフローにてフィードバックが一部、視覚に及ぶ、こうしたことがあるようなのです、少なくとも私には。

    このことに気がついたのは子供の頃です。

    私の場合、耳元で大きな破裂音がしたときに、視覚は真っ白な光で充満します。

    パン! → まぶしすぎ!!

    というわけです。

    脳内で変なことがおきているなあとは思います。

    世の中にはもっと不可思議な、しかしながら私よりはむしろメジャーな人々がいます。

    たとえば、彼ら彼女らは白い背景に黒い文字を見ると、文字ごとに固有に、色がついているように感じるのです。
    数字の1は緑に、2は茶色、3は橙といった具合なのですが、この文字と色との組み合わせは、彼ら彼女らのひとりひとりごとに異なったものになっているとされます。

    彼ら彼女らは《共感覚》の持ち主です。

    《共感覚》の持ち主にはバリエーションがあって、音楽を聴くと視覚情報に影響がでるタイプもいます。 モーツァルトの子犬のワルツは概ね薄紫色だけれどもときどき青や黄色の光が混じる、という具合です。しかも同じ曲を聞いてもひとりひとり視る色は違うらしいです。

    まことに不思議千万です。

    《共感覚》は、視覚と聴覚の混信が起きているわけですが……

    脳は不可思議ですねえ。



  • @Hannibal さん
    信号同期のクロックとゼロ連防止のためのノイズ挿入をふと思い出しました。



  • 《信号同期のクロックとゼロ連防止のためのノイズ挿入》
    おおっ(^O^)

    信号論はなかなかに難しいですよね、体系化がなされていませんので。
    様々な技術世界にバラバラに配置されている感じです。

    ===

    昼間、母を散歩につれていく道すがら…
    ふと思ったのですが。
    進化論上で、樹木の類いと草の類いの分化と、裸子植物と被子植物との分化とでは、どちらが先におきたのでしょうかね、そんな疑問が浮かびました。

    裸子植物と被子植物との双方に木も草もあるのではないかと(裸子植物の草については私はその存在をあまり知りませぬが、大昔はあったかも?シダ類は草?)
    裸子植物の草、裸子植物の木、被子植物の草、被子植物の木、これらすべてがあるとしたならば、分化はどういう具合に?系統図や如何に?

    仮に裸子植物の木が最初で次に被子植物の木、最後に被子植物の草が、世界に登場したのだとすると、この世界の花咲く草は大元をたどると木から退化したのかなあと…はてなまあくでいっぱいになりました。



  • @Hannibal さん
    帯域伝送方式での同期や立ち上がり検出、閾値判定などノイズが絡まるとほとんど工芸の世界です。
    職人芸の技がいくつもあります。!(^^)!



  • 201912010042

    師走になってしまいました。

    ちょっと前に、ネット上の賢人に教えて頂いたのですが、師走(昔はシハス)の語源は、「風馳す」の可能性もある、しかし断言できる証左は見つかってはいない、とのことでした。

    「風馳す」…… 寒そうですね。

    ところで。どこのスレッドに書き込んだのかスッカリ失念した話題なのですが、正方形のタイルカーペットを敷き詰めたら正三角形の模様が浮かび上がる、そしてその正三角形の面積はタイルカーペットの面積に等しい…という話題について【これは出来る】と確信を得ました。以下のURLにあるPDFを御参照ください。

    http://www.mgu.ac.jp/main/educations/library/publication/pre_hattatsu/no19/2019_08_7_p054-064.pdf

    このPDFの図25が鍵です。

    正方形において、四辺形ANKM及びに三角形H"X'L'を黒で塗りつぶし、他の領域を白に塗りつぶした、そのようなタイルカーペットと、塗りつぶす色について白黒を逆転したタイルカーペットと、以上二種類のタイルカーペットをたくさん用意すれば無限平面を敷き詰めたときに正三角形が浮かび上がるように出来るというわけです。

    自分で設計できなかったのは悔しいですが、みつけられたのでヨシとします。



  • たった今、映画「ベイビードライバー」の視聴を完了しました。
    悪人正機って、こういうことなのかなあと、救われる気持ちです。

    「ベイビードライバー」については YOUTUBE でみつけました。その動画では 劇中挿入曲として「HOCUS POCUS」が使われていました。この曲は邦題は「悪魔の呪文」なのですが。「HOCUS POCUS」はオランダの FOCUS というバンドの初期の曲なのであります。ギターオーケストラ。
    FOCUS というバンドは死ぬほど好きで。

    とうの昔に聞きほれた曲が2017年の映画に使われていて、曲のメロディとリズムとが映画に出現した弾幕とのタイミングにおいて完全に一致していて。監督はさぞかし編集を楽しんだだろうと。


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