オパーツ?(科学史クイズ番外)


  • Global Moderator

    @riffraff さん

    Wikipediaに載っている「郭守敬記念館」前の簡儀を写真上で測定してみると、23度と出ました。

    0_1543017590312_kakudo.png
    Wikipedia よりCreative Commons 3.0ライセンスの下、改変掲載

    真横からの撮影でないので正確ではありませんが、値が正しいとすると、北緯は台湾や雲南省あたりになるようです。この簡儀(レプリカだとすれば、その元)の由来については、郭守敬についてより調べないと分からさそうです。

    「山西省臨汾市」は北緯36度らしいので、かなり差があるようです。簡儀の写真を検索すると、いろいろな場所にあるものが見付かります。韓国の世宗大王稜の近く・台湾の科学博物館・南京紫金山天文台などです。より角度の大きい36度に近そうなものもありました。

    追加

    明代に南京の紫金山に移送されますが

    見落としていました、紫金山のはコレですね↓
    https://zh.wikipedia.org/wiki/簡儀#/media/File:Ancient_Beijing_observatory_12.jpg

    角度が大きいです。



  • @ソム さん

    郭守敬の簡儀については分からないことだらけです。
    現在紫金山にあるものも、15世紀のレプリカであり、明代に紫金山に置かれたオリジナルはジェズイット会士によって18世紀初頭に溶かされたとする説もあります。
    要はよくわかりません。明代以降は利用法も正確には分からなくなっていたようで、オリジナルの最下面には設置場所の高度を補正する機構、機器の方向の表示板があったようですが、この写真ではよくわかりません。
    ご紹介の現存機器では設置場所の高度を補正する機構は只の飾りになっているようです。
    簡儀=簡略渾天儀とする説が一般的な事でも理解の程度が分かります。
    ご紹介の写真の物は渾天儀の主要パラメータである赤道傾斜角が設定されている可能性があります。この場合はトルクエタㇺとしてではなく渾天儀(Armillary sphere)として使用できるかも知れません。
    これだけでも、記事が書けそうですが、機器として見る限りマラガ革命の産物ですし、正確な使用法も明代以降は分からなくなっていますので、現在の中国における評価は鄭和の航海同様、CHINESE REVIVALの一環としての贔屓だと思います。

    <追記>紫金山の写真では上記の下面機構がよく見て取れますね。(9:47)


  • Global Moderator

    Armillary sphereの仕組みは動画で見ると分かりました。

    https://www.youtube.com/watch?v=M0chCdFEaP0
    http://www.mhs.ox.ac.uk/animateit/armillary-sphere/



  • @ソム さん
    とてもビジュアルで分かりやすい説明ですね。科博辺りで古天文器具の説明をしてくれると良いのですが。(エレキテルの複製による操作説明はやっているのを見た事があります。)




  • ほんとにうまく行くのかしら。2019年版が出たことだし理科年表で確かめなくちゃ。

    太陰太陽暦の知識でやらなくちゃね。・・・・・

    そしてその結果
    0_1543042288817_南北.jpg


    こうなると観測精度の影響の方が大きそうね

    打倒ウルグべク。ファイト!!(^^)!


  • Global Moderator

     サーズディちゃん、ウェンズディちゃんも、何の内緒話してるのかしら...。



  • @ソム さん
    いろんな所で二人の内緒話が駄々洩れです。(^^♪


  • Global Moderator

    最初に「京都の天文学【1】 平安京の方位はどうやって決められたか」を読んだ時に、何を言っているか分からなかったのは以下の部分です:

    註) ただし、この方法では、一日の内の太陽の赤緯(地上の緯度に相当)の変化により、系統的な誤差が生じます。太陽の赤緯の変化は春分、秋分のころが最大で、1日で23分程度変化し、これを方位の振れに換算すると 5-7分程度になります。

    よくある絵のように、地球が太陽の周りに「円」軌道を描き、その面に対し「一定の角度」で傾いた軸周りに自転するという単純な描像では、そうならないはずです。

    ということで、↓あたりを勉強しないといけない気がしています。
    https://en.wikipedia.org/wiki/Equation_of_time


  • Global Moderator

     わたしがしっかりしなきゃ、この家は危ないんだから...。たしかに今回は準備不足で遅れをとったわ。でも、、、

    用意周到なのがフライディのとりえだ。こんなときも来ようかと、一年ほど前に、離れの書斎の隅に秘密の隠し場所を用意していたのだ。さりげなく奥の本棚へ向かい、「お料理大百科8(昆虫編)」という、大著だがフライディ以外の家の誰も読まない本を抜き出す。ケース中身は、緊急のときのための参考書に置き換えられているのだ。

     きっとこれね。

    ケースから取り出した一冊には「理科年表」と書かれている。ただ、「第79冊 2006」という、ウェンズディたちが見ていたものとは違った数字が書かれていた。フライディは気にせずぺらぺらと目次をめくる。

    歴部
    祝日、曜日表、節気、雑節
    太陽、月
    グリニジ視恒星時
    夜明、日暮、日出入方位、日南中高度
    各地の日出入
    各地の太陽、月の出入、南中推算表
    各地の日出入方位、日南中高度
    潮汐、各地潮時の平均改正数
    惑星
    惑星現象
    日食
    月食
    水星の日面経過
    小惑星の位置
    ...

     どこかにヒントがあるはずよ。



  • お邪魔します。火車先生がバイクレースで忙しいみたいだから私が代わりに来ました。

    フライディちゃんや。「京都の天文学」をはじめ、色んな所に同工異曲な話が出てくるわね。
    これ伝言ゲームの可能性が高いと思うわ。ソースは薮内先生?
    事象の限定的記述としては正しいのだけれど、原理を考えての現象の観察に基づく物ではない感じがするわね。
    と言う訳でフライディちゃん理科年表です。
    <11.24 23:25修正>


  • Global Moderator

    オパーツ?(科学史クイズ番外)@ソム が発言 :

    最初に「京都の天文学【1】 平安京の方位はどうやって決められたか」を読んだ時に、何を言っているか分からなかったのは以下の部分です:

    註) ただし、この方法では、一日の内の太陽の赤緯(地上の緯度に相当)の変化により、系統的な誤差が生じます。太陽の赤緯の変化は春分、秋分のころが最大で、1日で23分程度変化し、これを方位の振れに換算すると 5-7分程度になります。

    ピコン!  何を言ってるか分かった!
    全ては連続変化である!季節もそう。季節は一日の間にも変化してしまう!!!(新たな悟り)



  • フライディちゃん しかもその変化は・・・
    その先はご法度


  • Global Moderator

    参考コード(※)を使って天文データからプロットした太陽の軌跡(2019年、春分・夏至・秋分・冬至、国内某所)です。

    https://www.wolfram.com/mathematica/new-in-10/geo-related-properties/daily-path-of-the-sun-through-the-year.html

    0_1543151841743_sun.png

    東西方向に対する軌跡の傾きは目視ではほとんどわかりません。春分と秋分の日の軌跡がわずかに互いに平行からずれているのが色の違いで見える程度です(このレベルのプロットでは、描画のアーティファクトの可能性もありますが)。しかし、本当はこれらは、往復する螺旋状の軌跡の一部なんですね。なぜなら、太陽の軌跡は全てが連続的に繋がるはずなので。

    この螺旋の全体像を考えたとき、端になる軌跡(夏至と冬至)では、東西方向に対する傾きが小さいことが直観的に分かります。それから、春分と秋分では、傾きが逆になりそうなことも直観されます。



  • フライディちゃん。
    ソムさんが描いてくれた絵と対応する情報が理科年表にあるはず。探してご覧。

    <riffraff注。基本数値ですので、毎年載っているはずです。>


  • Global Moderator

    フライディはまだ考え中のようですが、南北線がらみで @riffraff さんがブログで何度かご紹介のウルグ・ベグ天文台について調べました。

    この天文台については、Wikipediaの項目が参考になります。でも、これだけではピンと来ていないところがありました。

    • 現在の天文台の外観写真からは、機能が分からない。特に現存している、巨大四分儀(または、六分儀?)の地下部分について分かりにくい写真になっている。
      • 現在の地上部は、基礎の円盤構造の上に、チューブ状の屋根と門があるだけで、地下部との関係がよく分からない。
      • 現在の地下部の写真が、どの部分をどこから撮影した写真か分からない。

    私は、以下のソ連の切手の図を見て、ようやくこの天文台の構造と機能が理解できました:
    切手

    (from Wikipedia (en)、切手の図案であるために著作権適用外だそうです)

    丘の岩盤に掘られている地下部分が、どのように使われていたのか想像できます。地下の構造は正確に南北方向に向いた帯状の円周(アーチ)の一部であり、切手の想像図で右上の建物上部に開いている穴から日光が差し込み、南中したときの光を、アーチ上に落とすのでしょう。その位置を測定したのではないでしょうか(地上部は破壊され現存していないので、あくまでも地下の遺構からの想像です。地上部について、いくつかの復元模型の写真をWebで見つけましたが、構造は様々でした)。

    また、現在の外観の写真も、以下のように、少し側面から撮影したほうが分かりやすいと思いました。
    http://fr.trekearth.com/gallery/Asia/Uzbekistan/East/Samarkand/Samarkand/photo1562279.htm



  • @ソム さん
    機構・機序が良い分かる図柄ですね。!(^^)!
    私もティコの四分儀の図をみるまでどのようにして測定が可能なのか想像がつきませんでした。
    http://www.sci-museum.jp/files/pdf/study/universe/2012/10/201210_04-11.pdf の6.壁四分儀 
    壁面四分儀は素朴なグノーモンである圭表儀に比べると精度が極めて高かった<数秒>と言われますが、巨大な費用が掛かりますし、移動も不可能ですので、その設置場所はマラガ、サマルカンド等ある意味での本初子午線の役割をはたす場所となりました。

    さて日本にもあったピラミッドならぬマリナーズアストロラーベとコンパスローズ。まあ当たり前ですが、目から鱗です。今週中に辿り着きますかどうか。(謎)


  • Global Moderator

    追加:ウルグ・ベグ(または、ウルグ・ベク)天文台の現代の衛星写真(Copyright(C) DigitalGlobe, GoogleMapより一部切り取り)

    0_1544952505928_Observatory_of_Ulugbek.jpg

    写真の門がアーチ部分の北側にあるのが分かりました。それから、周りには民家が多いことも知りました。


  • Global Moderator

    ウルグ・ベグ天文台発掘当時とおぼしき写真が以下に掲載されていました:
    https://abasayyoh.com/attractions/61

    ページの記載によると、20世紀初頭に、サマルカンドの考古学者 Vyat-kin が地下部分を発見したそうです。

    以下の参考文献によると、(写真でVyatkinが腰掛けている場所は)丘の岩に細い溝が彫り込まれており、カーブした部分には階段があるそうです。アラバスターの上に煉瓦をのせて、2本の平行線状のアークを作り、10-12cmの厚さの大理石の板でカバーしているそうです。それぞれのアークには目盛が付けられており、さらに西側のものにはアラビア数字が書かれているそうです。

    参考文献:
    Ulughbek and his Observatory in Samarkand by Heather Hobden
    http://www.cosmicelk.net/Ulughbek and his Observatory in Samarkand.pdf


  • Global Moderator

    @riffraff さん

    ティコ・ブラーエの壁四分儀は、ご紹介の記事によると、半径2.1mらしいですね。ウルグ・ベグのは、半径40.212m(前述の参考文献)らしいので、スケールが違いますね。



  • @ソム さんご紹介の写真も良く構造が見えますね。
    多分天頂のスリットには横梁、底部には東西に渡した可動式の景符があったと思います。
    これなら最高120秒くらいの精度で読み取れた可能性があります。
    修正21:07
    サマルカンドの機器はレイ、マラガに続く謂わば第三世代の機器です。ウラネボリ。ステルネボリでティコがこの精度に迫りますがその後一旦後退し、追い付くのはジョン・フラムスティード(John Flamsteed, 1646年8月19日 - グレゴリオ暦1719年1月12日(ユリウス暦1718年12月31日))の超人的な努力が必要でした。
    追記21:12


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