第二章は、錆と腐食の研究すなわち、電気化学の歴史を扱っています。この本によると、「電気化学」という言葉を作ったのはサー・ハンフリー・デービーだそうです。

学校で初めて電気化学について習ったとき、妙にわくわくしたことを憶えています。そのときのわくわくがどこから来たのか、もう憶えていませんが、いまから考えれば、化学反応の真髄に触れた思いがしたからかもしれません。電気化学にとって、電気分解や電池の話は、オモテの顔にしか過ぎません。デービーのアシスタントだったマイケル・ファラデーが看破したように、「あらゆる化学的現象は、電気的引力の表出にすぎない」からです。20世紀に明らかになったのは、それが原子と電子の構造に関係するということです。

「錆と人間」には書かれていませんが、生物のエンジン部分も電子の流れです。植物の細胞内の葉緑体では、光エネルギーを使って、膜にあるタンパク質複合体の中で、電子をゆっくりと動かし、電子の受容物質に受け渡します。その過程で、プロトンが膜の片側に生じます。このプロトンが濃度勾配に従って膜を通過するときに、一種のモータータンパク質(ATP合成酵素)の逆回しによって、ATPの合成を行います。これが光合成です。ATPは細胞の行う様々なプロセスを駆動するエネルギーとして使われます。動物も同じです。糖の分解によって、同様のプロセスを動かしています。このときの電子の移動は、細胞内のミトコンドリアの膜にあるタンパク質複合体で行われます。その後にプロトンの濃度勾配がATP合成酵素によってATP合成に使われるのも同じです。ピーター・ミッチェルの化学浸透説です。

さて、学校の化学の話に戻ると、電気化学のオモテの顔は、電気分解や電池でした。生物系の実験で、タンパク質やDNAの分析をする者は、ある意味日常的に水の電気分解をしています。電気分解自体が目的ではありませんが、電気泳動です。塩えんを含む溶液に浸したゲルの両端に電圧を掛けると、電極からは細かい泡が生じます。サブマリン型や、スラブ型のゲル電気泳動の話です。DNA配列解析のための(従来型の)シーケンサーでは、キャピラリー電気泳動を用いますが、こちらでは電極に泡が出ているのを見たことは有りません。とにかくも、泡が見えるということは、入門書(※)によると、(水の電気分解について)「気体の発生が目でみえるときの電流密度は 0.1 mA cm^-2 以上あり、この電流をもたらす反応物の濃度は理論上少なくとも 10^-5~10^-4 M必要」だそうです。

電気分解というのは学校の授業で最初に出てきて、簡単そうに思えますが、※の本によるとそうでもないらしいです。序章は「むかし習った電気分解を忘れよう」です。この本によると、教科書の誤った記述は以下だそうです:「電解質水溶液に電流を通じると、イオンは電気の力によって電極に引きよせられる。電極のところで、陽イオンは陰極から電子を受け取って原子(分子)になり、隠イオンは陽極に電子をとられて原子(分子)になる。これが電気分解である」。これが誤りであることが実験やその理論を通じて説明されます。まず事実として、イオンがたまたま反応物になる例は電解反応のうち1%以下だろうという点です。結論として、「電解は『電気エネルギーが進める化学反応』であり、『電荷の引き合いが起こす現象』ではない」と説明されます。

このようにオモテの顔ですら奥が深い電気化学への、さらに日常的な接点が錆です。

※「電子移動の化学―電気化学入門」 日本化学会編 化学者のための基礎講座11